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2020-07-26

ランディー・マイズナー / ONE MORE SONG (1980年)

ビュイック・スペシャル・コンバーチブル(中央奥)1963年 フォルクスワーゲン・初代ラビット(手前)1974~83年

イーグルス・ドン・フェルダーの自伝の中で「音楽業界で最も愛すべき男」と呼ばれたランディー・マイズナー。このアルバムはイーグルス脱退後、2枚目のソロ・アルバムだ。「ホテルカリフォルニア」のジャケット写真に写る5人の中で、明らかに一人だけ違う雰囲気、風貌のいかにも優しそうなランディー・マイズナー。しかしホテルカリフォルニアの過酷なツアーのあいだ、トップバンドのプレッシャーに押しつぶされ、長年のバンドへの不満も募りグレン・フライを殴って脱退をする。彼は1994年の歴史的再結成にも参加しなかった。

1980年リリースの「ONE MORE SONG 」。少し軽めの明るいイーグルス、と言ったら失礼だろうか。80年代ウエスト・コースト・サウンドに満ちたこのアルバムは楽しい。キム・カーンズとのデュエット「DEEP INSIDE MY HEART」はスマッシュヒットとなる。クルマで乗り付ける小さなライブハウスのジャケット写真も雰囲気がある。背景には闇に浮かぶビル群。ここはロス・アンジェルスだろうか。入り口の扉に寄りかかっているのはランディー・マイズナー本人だろう。さあ、これからライブが始まる。

ジャケット写真に写るクルマは多くのことを語る。当時のアメリカの若者たちが夜、仲間たちとライブ会場に乗り付けるクルマ。このような観点で絞り込むとストーリーが浮かび上がる。少し古い赤のビュイックのフルサイズ・コンパーチブル。フロントシートで寝込んでいるのはオーナーだろうか。安い中古を買ったかそれとも家のクルマのお下がりかもしれない。こんなクルマでカリフォルニアのフリーウェイを走ると気持ちいいことだろう。もう一台は黒のフォルクスワーゲン・ゴルフ。アメリカ名ラビット。小型で燃費の良い日本車やフォルクスワーゲン、フォード・エスコートといったサブ・コンパクトカーが西海岸で一気に広まった時代だ。

ちなみにこの写真、赤いビュイックはこういう停め方をすると左ハンドルの運転席のドアが開かず降りることができない。あれっ、と思い写真をさらに詳しく見ると、クルマのワイパーの取付位置、扉の中の人物が持つギターの向きがおかしい。おそらく左右をひっくり返したいわゆる「裏焼き」をして文字部分はあとから重ね撮りしているようだ。意図は分らないがコマーシャルフォトでは良く行われる処置で、構図の安定感を狙ったのかもしれない。

イーグルスの創成期から加わり、「ホテルカリフォルニア」の全盛期にグループを去るランディー・マイズナー。当時30才。その後の人生は必ずしも順調だったとは言えないかもしれない。現在74歳。精神的にも健康面でも不安定な状態だという。2016年、ロス・アンジェルスの自宅で銃が暴発して妻が死亡するという事件には驚いた。

アルバム「ホテルカリフォルニア」より

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