ベイルート / GULAG ORKESTAR (2006年)
ボルガ自動車VAZ-2103(輸出名Lada 1500) 1972~84年
ジャケ買い。まったく未知のアーティスト。この写真に引き込まれた。クルマはフィアット124、と確信したがこのクルマのウィンカーはバンパーの上にある。124のウインカーは下だ。写真の雰囲気から当たりをつけてロシアのラーダ1500と分かる。フィアット124のライセンス生産車だ。ロシア国内で大ベストセラーとなり東欧を中心にヨーロッパ中に大量に輸出された。この写真の東欧風なテイストはそこから来ているのだ。
「ベイルート」、アメリカ・サンタフェ出身のザック・コンドンが率いるバンド。2006年結成。インディーズロックとワールドミュージックが融合した独特の世界観。バンド名はアラブ最大の交易地であり東西の文化、宗教がぶつかりあうレバノンの首都、ベイルートより命名された。カルロス・ゴーンの父の母国で教育を受けた地でもある。
信じられない話だが、アルバムのキャプションには「このカバー写真はライプチヒの図書館で本から破り棄てられた状態で見つけた。もし誰か撮影者を知っている人がいれば連絡してほしい」とある。許諾を取っていないのだ。もちろん映っている人物は本人ではない。彼はこの写真を家に持って帰り、アルバムのレコーディング中ずっと壁にかけ「この写真のように聴こえなくてはならない」と思い続けたそうだ。ファーストアルバム「GULAG ORKETAR」はリリースと同時にたいへん評判になり、写真はロシアの写真家セルゲイ・チリコフの撮影であることが分かった。アルバムタイトルのGULAGはロシア語の強制収容所。ORKETARはセルビア・クロアチア語のオーケストラの意味だそうだ。
哀愁を帯びたメロディー、独特のバルカン風のブラスサウンド。ザック・コンドンのボーカルは古きヨーロッパを連想させるように優雅だ。2006年にアメリカの若者がこのような作品を作るのが面白い。彼の作品は Spotifyなどのストリーミングで配信されてるのでぜひ聞いて頂きたい。
ザック・コンドンは高校を中退して兄と一緒にヨーロッパを放浪した。帰国してニューメキシコの大学でポルトガル語と写真を専攻し、このアルバムの音源を自宅の寝室で録音する。ニューヨークで公演をするために友人に声をかけて結成されたのがベイルートだ。ファーストアルバムは評判になり、昨年までにまでに6枚のアルバムをリリースするに至った。彼の音楽は北米トヨタの企業CMにも使用されている。
1960年代後半のイタリアは共産勢力が強く親ソビエト的であった。その影響でフィアットは当時最新型であった124のロシアでのライセンス生産を許諾した。このクルマは当時のソビエトのクルマと比べて圧倒的に優秀であっというまにベストセラーになった。低価格でメンテナンスがしやすいため東ヨーロッパやアフリカなどのソビエト圏を皮切りに、西ヨーロッパにも大量に輸出され外貨を稼いだ。最終的にデザインを変えながらソビエト崩壊後の1991年以降も生産が続けられ、シリーズの累計生産台数は1,400万台に達したという。私たち日本人が知らないヨーロッパの風景に溶け込む1台なのだ。ここでもクルマは静かに語っている。
コメントを残す