Spotify (on Apple CarPlay)
今回はアルバムは登場しない。その代わり、クルマと音楽とオーディオを愛する人へのメッセージをお届けする。
中古のフォルクスワーゲン・ビートルを手に入れて最初に手をつけたのがオーディオだった。ビートルにはAMラジオしかついていない。昔のクルマはみんなそうだ。パイオニア製の小さなカセットレシーバーを買って、クルマにドリルで穴をあけて自分で取り付けた。あっというまにクルマの中はカセットテープだらけになり、気が付いたらオーディオメーカーでカーオーディオの仕事をするようになっていた。最初の赴任地は自宅から1,000キロも離れていたが音楽を聴きながらクルマで移動した。簡素なオーディオのついたビートルで西日本のあらゆるところを走りまわった。カセットを録音して用意するのはそれ自体が楽しい作業であったが、いずれ衛星放送で自由に良い音で音楽を聴くことができる時代がくるのかなあ、漠然と考えていたことを思い出す。
スウェーデン発祥のストリーミングサービス「Spotify」をクルマに装備されたCarPlay機能を使って再生するサウンドは想像を超えて良い。圧縮音源によるストリミングサービスで、オーディオ・スペック的には問題外。技術仕様がブラックボックスでカーオーディオ・メーカーが入り込む余地の少ないメカニズムは音質的に良いはずがない、と考えるのはオーディオ・マニアの良くない癖で、どこまで意識して作りこまれているかは別にして、全く不足のない音質で、ここは素直に受け入れるべきであろう。
Spotifyの月額費用は980円。iPhoneと車載オーディオを連動させる「CarPlay」は自動車メーカー純正や、市販のナビ・オーディオシステムで採用が広がっている。CarPlayでは利用できるストリーミング・サービスがいくつか選択できるが音質や使い勝手、コストを考えると現状ではSpotifyがベストだ。5G契約でパケットが無制限になればAmazon HD Musicが音質面では有利になるが、まだしばらく時間はかかりそうだ。
Spotifyのビットレートは最大で320kbps。スペック的にはハイエンドオーディオの価値を脅かすものではないが、普通に聞くには十分な音質だ。オーディオ的な課題は多いが、それとは別に聴きたいと思った曲をすぐに、自由に聞くことができるところに価値がある
日本はオーディオ機器の名産地。世界的なメーカーがひしめいている。カーナビゲーション機器は日本のメーカーが実用化した偉大な商品だ。メーカーは毎年新商品を発表し、きめ細かく情報を発信してプロモーションを行った。自分は長年にわたり、まさにこの仕事に携わってきた。しかしCarPlayによるストリーミングの時代には日本のカーオーディオメーカーが入り込む余地がない。
アメリカで生まれたこのシステムは至れりつくせりの工芸品のような日本製品に比べると不親切で使いにくいと感じる。とにかく自分で調べないといけない。自分で試してみないといけない。このようなカタチに日本の消費者は慣れていない(日本だけではないかもしれないが)採用している自動車メーカーもオーディオメーカーも自分たちが作ったシステムではないので熱心なプロモーションはせずにどこかよそよそしい。詳しく丁寧に教えてくれる人はどこにもいないのだ。
日本では音楽ストリーミングの普及が遅かった。日本特有の音楽産業の事情もあるかもしれないが、日本人の特性としてパッケージメディア~カタチあるものを求める性向があるのも理由の一つだろう。たとえば「MD・ミニディスク」は世界で最初のデジタル圧縮オーディオ機器で、精緻なメカニズムを備えていたが、74分、あるいは80分というCDを1対1でデジタルコピーして保存できるカタチに作り込んだ。このコンセプトはアップルiPodで完全に切り崩され、シャッフル、レコメンドという新しい音楽の聴き方が提案され、そのルールに飲み込まれた。トラディショナルなオーディオ機器は中途半端な存在になり、かつての輝きを失った。
CarPlayとSpotify の組み合わせで望む曲を瞬時に、高音質でクルマの中で楽しむ。ここにかつての夢の世界が実現した。画面やスイッチに頼らず、最小限に絞り込まれた機能を音声とタッチパネルで操作する仕組みは使いにくく戸惑い感じる場面も多いが、これからはこういうものを使いこなしていくことが求めらるのだろう。昨年秋のiPhoneのiOS13のアップデートではCarPlayで使い勝手は大きく進化して、実用性が高まった。その代わりに古いiPhoneはサポートされなくなった。誰も教えてくれないが自動アップデートではじめて気づく。そういう世界なのだ。
クルマがあれば自分の好きな時に、好きな場所に移動できる。すばらしい風景のなかで誰に気兼ねなく自由に音楽の感動を味わうことができる。これは実用性が重視されるエコカーの時代には忘れられがちな世界観かもしれないが、仮に近くのショッピングセンターであってもクルマでの移動は楽しい。Spotifyはそのような日常に新しい世界へのパスポートを提供してくれる。多くの人に楽しんでほしいと思う。
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